第10回ギリシア・ローマ神話学研究会

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  • 文化・芸術
第10回ギリシア・ローマ神話学研究会

第10回ギリシア・ローマ神話学研究会のご案内です。どなたでも自由にご参加いただけます。

カテゴリ 文化・芸術
日時 2013年7月27日(土) 13時00分から18時00分まで
会場 文学部・法学部・経済学部講義棟 1階 文13講義室
主催 ギリシア・ローマ神話学研究会
問い合わせ先 大阪大学大学院文学研究科文芸学研究室

http://www.let.osaka-u.ac.jp/bungeigaku/myth.html

第10回ギリシア・ローマ神話学研究会開催のご案内

向暑のみぎり、皆様方におかれましては益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。さて、下記要領にて

第10回ギリシア・ローマ神話学研究会開催いたします。本会は、開かれた研究会となるよう鋭意努力いたしております。多くの方々のご参加をお待ちいたしております。

日時:7月27日(土)午後13時から18時

場所:大阪大学豊中キャンパス 文学部・法学部・経済学部講義棟 1階 文13講義室

以下をご参照ください。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/ja/access

研究発表:

佐藤真理恵(京都大学)

αが否定するもの/開くもの――アプロソポンをめぐる一考察――

堀川 宏(京都大学)

エウリーピデース『ヒッポリュトス』の劇構成――「この日モチーフ」と「無知のテーマ」の絡み合い

栗原麻子(大阪大学)

synthekai kai horkoi―前403年アテナイにおける和解儀礼を中心に―

発表要旨は、最後に掲載いたしておりますので、ご参照ください。

*研究会終了後、ささやかな懇親会を開催する予定にいたしております。

以上

ギリシア・ローマ神話学研究会

(大阪大学大学院文学研究科文芸学研究室)

第10回ギリシア・ローマ神話学研究会発表要旨

αが否定するもの/開くもの――アプロソポンをめぐる一考察――

佐藤真理恵(京都大学)

プロソポンなる古典ギリシア語は、顔を第一義として、容貌や仮面や役柄あるいは人称や法的人格のみならず、位格といった概念までを内包する、じつに広範な射程を有している。それゆえ、とりわけキリスト教の文脈においてはラテン語のペルソナと融合したかたちで議論され続け、今日においてもなお西洋思想の根幹を成す概念とみなされている。特に近年、欧州においてペルソナの概念を問い直す研究が数多く報告されていることに鑑みても、プロソポンやペルソナは今もって、あるいは現代だからこそいっそう、度外視すべからざるテーマとして息づいていることが窺えよう。それに比し、プロソポンに否定辞のαを付したアプロソポンという用語は、きわめて用例が少なく、先行研究も決して多いとはいえない。しかし、数少ない用例をみるに、アプロソポンという語じたい、たんにプロソポンの否定語や対義語というにはとどまらないような、多義的かつ余白を多く含むものであることが窺える。本発表は、このアプロソポンという語に着目し、この用語の解釈を示唆することでプロソポンの新たな側面を逆照射する試みである。

発表者はかつて語根やテクストの分析から、眼差しに提示された視覚的表面としてプロソポンを捉え、この意味において、近代的な思考の枠組みでは相反すると思われるような顔も仮面も同じ地平でプロソポンと名指されうるという見解を示した。そこでは、外面/内面や真/偽といった二項対立は問題とならない。では、否定辞αによって打ち消されるのは、如何なるプロソポンか。アプロソポンの用例を一瞥してみると、字義通り、「顔のない」「仮面を着けていない」「非人称の」といった語義のみならず、「顔の美しさの欠如」をも指せば、無分別と同義に用いられもしている。つまり、プロソポンの概念は、αの介入により、美/醜や、思慮/無分別といったニュアンスを帯びるようになる。さらに、例えばプラトン『カルミデス』154dにおいて、少年の容姿の美しさを称賛する際に件の語を用いて、「彼には顔がないように思われるだろう」と述べるくだりなどでは、アプロソポンは、face/facelessの反転のなかで一筋縄では理解しづらいような多様な「顔」の解釈を導く地口となっているように思われる。かように、プロソポンは、視覚的要素のみならず、それを超えるような一面もまたかなりの程度含み持っているのかもしれない。本発表では、アプロソポンの用例の検討を通じ、アプロソポンおよびプロソポンの多層的な意味の拡がりを提示したい。

エウリーピデース『ヒッポリュトス』の劇構成

――「この日モチーフ」と「無知のテーマ」の絡み合い

堀川 宏(京都大学)

劇にとって決定的な出来事が「この日に」起こるという言明,すなわち「この日モチーフ(this day motif)」は,ギリシャ悲劇に繰り返し現れる常套モチーフのひとつである。それはしばしば劇の冒頭に置かれ(cf. Alc . 20, 27, Hec . 44, Or . 48; A. Sept . 21; S. OC 3),また時に劇の展開にとって重要な役割を果たす (cf. S. Aj .)。このような言明は,標題の劇においても繰り返し現れ(22, 369, 726, 889-90, 1003),少なくともその幾つかは,劇の展開上重要な位置に置かれている。本劇におけるこの言明の重要性は,特にHalleranの注釈において適切に指摘されているが,「重要」と言われるその内実にまで踏み込んだ議論はほとんどない。この現状は他の劇についても当てはまる。そこで本発表は,このモチーフが作品内で果たしている機能を標題の劇(とりわけその前半部分)に即して検討することで,現状を進めることを目的とする。

その際,鍵になるのが,やはりギリシャ悲劇の基本要素である「無知のテーマ」との絡み合いである。ギリシャ悲劇の常として,本劇の登場人物もまた,自身の行く末について確かな知識を持たない(より正確には誤った知識を持つ)。その無知ゆえに,パイドラーは最終的にヒッポリュトスを讒訴し自死するのだが,そこに至るまでの劇構成は,冒頭で事態の成り行きを予め知らされている観劇者と,それを知らない劇内人物とのあいだの知の不均衡をめぐる緊張関係を軸としているように思われる。そしてこの緊張関係の創出に,本発表のテーマである「この日モチーフ」が大きく関係している。その関係の仕方を具体的に見てゆきたい。

synthekai kai horkoi―前403年アテナイにおける和解儀礼を中心に―

栗原麻子(大阪大学)

紀元前403年、アテナイでは、民衆派と寡頭派とのあいだに和解が成立し、内戦が終結するとともに民主制が回復した。両派のあいだに和解条項synthekeが取り決められ、以後の報復を禁ずる「思い出さない(me mnesikakein)」誓いが交わされると、市内派の中心人物はアテナイ近郊のエレウシスに退去し、民衆派が外港ペイライエウスから隊列を組んで市内に入城した。このとき市内派は、パンアテナイア祭の際にアテナ女神のための練り歩き(ポンペ)がおこなわれる、まさにその同じルートを辿ってアクロポリスまで到達した。これは、かつてペイシストラトスがアテナイ帰還のときに、アテネ女神に扮した乙女を伴って凱旋したのと同じルートでもあった。クセノフォンが市内派の帰還をポンペと表現していることからも、和解にともなう帰還が祝祭性を帯びた象徴的な意味を持っていたことがうかがわれる。

和解は、以後の法廷弁論においてsynthekai kai horkoiと表現されている。和解の条件はsynthekaiによって明文化されていたが、その発効のためには両者のあいだに誓いhorkoiがとりかわされなくてはならなかった。ニコル・ロロは、このときの和解において両派のあいだに取り交わされた「思い出さない(me mnesikakein)」誓いを、世界史における恩赦の起源とみなしている。しかし実際には前5世紀末以降、この文言は内戦やポリス間の和解においてしばしば用いられる慣用的な表現であった。本報告では、和解が儀礼性を帯びていたことを確認したうえで、(1)和解条項sythekaiと誓いhorkoiの関連性を問い、(3)「思い出さない」誓いと法が、和解の維持のためにはたしていた相補的な関係について考察する。

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